帯広と札幌
札幌旅行だけのつもりが、帯広にも寄ってきました。
「帯広は淋しい街であった。一本筋の広い大通りに風が冷たかった。
伊代は街の中央にある小さい百貨店へ松子と云う朋輩と一緒に連れられて行った。
眉の濃い眼の深い女を見ると伊代はドキリとした。
どの女もアイヌ系の女に見える。
情熱的で静かな表情の女達が伊代の眼に次々とはいって来る。
天井には乾いた音をたてて造花のへちまの葉が鳴っていた」。
背いた男の後を追って、マネキンになって帯広まで来た、伊代という女心を描いた林芙美子の『帯広まで』の町の姿です。
福沢諭吉の思想を受継いだ、若い理想に燃えた依田勉三を盟主とする晩成社の人々が、アイヌの人々がオペリベリプと呼んでいた十勝川の支流の傍・・・
現在の帯広の地にはじめて十勝開拓の鍬を打ち込んだのが明治16年(1883)。
鹿の角を拾う人が放った野火におびやかされ、天を暗くして襲いかかるバッタの大群に開拓地を食い荒されながら、ここを開き、十勝開拓の道標をたてました。